1000年後も整体の基本は変わらない

まだスマホを持っていません。携帯電話オンリーです。妻に関しては10年前からの携帯電話を電池の交換すらせずに使っています。正直それではいけないだろうと思いつつも全然問題無しに生活ができています。

 

なんでもそうですが使ってしまうと便利なのでそれ無しではいられなくなります。

子供にゲーム機を与えてしまうとわかりますよね。親がだまっていたらずーっと遊んでいます。ゲームなんてしてもいいことは何一つないんですが脳をひきつけてしまう麻薬のようなものがあります。

 

スマホを使っている人からするとスマホを取り上げられたらどうなるのでしょうか?

本当は私のようにスマホがなくても生きていけますが、すでに使っている人からすれば生きていけない位のダメージになるのではないでしょうか。泣き出したり暴れたりするくらいの禁断症状レベル。

 

今まで自転車に乗っていた人がスクーターにのるとその差がわかります。

スクーターに乗っていた人が車に乗るともっとその差がわかります。

すごく便利になっています。

そのかわりスクーターと車ではお金の掛かり方が10倍以上違うので10倍以上便利になって当然といえば当然です。

 

だから私もスマホを使ってしまえば多分スマホなしではいられなくなるのでしょう。

それで生活の質が上がり、仕事の効率がよくなり生きていけるのならそれでいいですが、依存して無駄な時間を過ごす事だけが怖いのです。

 

こんな事を書く事自体が時代錯誤ですが、それを整体として考えるとどんなに時代が過ぎようが整体は手当ての技術です。100年後にこの世界があったとしたら整体は無くならないはずです。1000年後も基本は変わらないはずです。

野口整体・二宮整体の思想・技術が残っているのならば人はそれを追い求めるはずです。だから消える事はきっとない。

余計なものは必要なく簡単でシンプルなものだけが本当に必要なので残っていきます。整体は手を当てるだけ。人間の本能とよべる術なので無くなるはずがない。

 

器械を使った施術なんてものは整体でもなんでもない。どんなに新しい器械が出てきたとしても未来永劫に手だけが身体を育て癒す事ができる、そう思っています。