人は遠回りしながら自分なりの納得を得る

物事は何でも一直線にはいかないものです。

 

考えて考えて悩みぬいた事でも全然期待したことにはならないことの方がおおいのではないでしょうか。

 

良くある事ではほしい洋服が二つあって、悩んだ末に買った時点で、「やっぱりあっち買えばよかった」そんな事です。

 

仕事だと、経験を積むことにより以前は一日かかっていた仕事が3時間でできるようになったりと、年月をかけることによって腕前が上がります。

 

身体の不調にあてはめると、いくつもの病院を渡り歩いてやっと信頼できる医者が見つかり納得のいく治療が受けられた。

 

物事は一直線にはいかず、ウネウネとくねったり、グルグル回ったり、一度過ぎた道を戻ってみたりしながら進んでいきます。

 

人は遠回りしながら自分なりの納得を得る為に結果・結論・決着を求めます。

それが生きるということです。

 

あっちこっち通ったけど全然良くならないんですといって私の整体を受けに来る人も沢山います。

私の整体(操法)がその症状とその人の気質に対して適当であるならば10回程度の施術でも効果は抜群にでますが、適当でない場合は100回施術しても効果は無いに等しくなります。

悪い方にいくとまた遠回りをさせてしまいますが、それもまた生きる上で必然ともいえることで、その右往左往が人生という経験をつくっていきます。

 

せっかく私のところまで、遠回りしてきたのだからなんとかしてあげたいものですが、施術者と受けて側の性質の違いにより水と油の関係になり、スーッと沁みていかない場合もあり、なかなか難しく「う~ん」と唸るしかない事もあります。