整体を学ぶのは誰かのため

 

先日はいつもの勉強会のため私はお休みいたしましたが、それでもソフト整体のお電話があったそうです。

 

告知は早めにしていますが、うまく目にとまらないようです。ご迷惑をおかけしております。

 

さて、勉強会では学んでいる人は柔道整復師が一番多いようですけど、特に職業は関係なく健康に興味があり開かれた野口整体を学びたい人なら、専業主婦でも営業マンでもパティシエでもお坊さんでもご老人でもどなたでも勉強ができます。

 

あまり書くとあれなのでぼやかして書きますけど、先日は県外からお医者さんが整体の勉強会にやってきました。 (お医者さんでも一般に混じって勉強するので全く優遇されません。。。。)

 

自分の健康があまりよくないので出版されている書籍でこの整体をしって、遠路はるばるやってきたようですけど、この人は薬に頼らずになんとかしたいようでした。

 

整形外科医でカイロプラクターはマレにいますけど、医者で整体師はまずいません。

 

これ以上書くとあれなのでもう書きませんが、野口晴哉氏の頃はお医者さんもたくさん野口整体を学んでいたそうで、触診するときに輸気(愉気)を使って調べていたそうです。

 

これは小児科のお医者さんです。どこが痛いのかちゃんと話せない幼児のために自分の手をあてる事でどこが悪くて痛いのか判断するためだったようです。.

 

また輸気だけではなく活元運動というものがありますが、これも生きる上で大変便利で活用していたお医者さんもいたようです。

 

整体というものは、一般的にはどう捉えられているのか?

 

それは接骨院やマッサージと同じように考えている人が圧倒的に多いのではないか思います。

 

接骨院とマッサージってやってることが全く違いますがそれでも整体とは一般的にはこれが合わさったなんでもこいというようなものだと思われていると思います。 

 

私も目の下のクマだっだり、中耳炎の事だったり、目の疲労、お腹の具合、関節の痛み、不眠、生理痛、糖尿病、更年期・・・もうなんでも聞かれますがこうなったら都会の総合病院並みですよ。

 

ですけどね、カラダって一つなんです。別々に分けて考えるものではないんですよ。

 

どこかが痛くてもそれはカラダ全部が痛いということです。腰が痛い。腰に輸気しますけどそれでもカラダは一つなので、そこから全体に共鳴していくものなのです。

 

ソフト整体ではそこまで本格的にしませんが、それでも要所はおさえながらしていきます。

 

どうでしょうか、健康に生きることに関してここまでするのは人間だけです。

 

犬や猫や魚はそんなこと考えもしません。ただ生きるだけ。人だけが生物の中で一際弱く一際知能が発達しているので、自然に生きられない。

 

昭和の時代ですら野口氏は人は弱くなった、ヨレヨレで生きているとまで言っています。

 

それがこの時代、ヨレヨレどころがもうカラダはなくてなんとなく人ではなくなっているかのような人もいます。

 

私は本当に感じることですが、人なのか? 意味のなさない実体とでもいいましょうか。

 

志をもって人を幸せにすることが自分の幸せになるという事を理解しない限り、人は人ではないようなそんな気もします。

 

学ぶことは自分のためでもありますが、最終的には誰かのためにあるのです。